あなたのことを・・



ブログを書き始めて約半年が過ぎ

2歳頃からを書き始めた息子の様子も

ようやく等身大の中学生に追いつきました


いつもここに来て下さるみなさんのおかげで

記憶を辿って辿って書き進め

しっかり大きく、たっぷり思春期になりました


不登校を経験したことで、これまでの子育てが

いかに危険なものであったか思い知り

そんな対応の一つ一つを一生勉強と強く誓って

エンカレッジを卒業させて頂きました



卒業をまるで待っていたかのように、息子はこけました


再び起き上がれなくなったのは中1の3学期


小5の3学期、起き上がれなくなったあの時と同じ・・

まるで世の中から自分のやりたいこと全てが消えてなくなったように

ただ眠り、気力なく起き、また眠りを繰り返しはじめました



まだ私の対応で何とかなる、何とかしようと思っていた一日目の休みの夜

ふと気づけば・・そう・・不登校になって暗闇に入って行ったあの頃と

同じ目をしていると気づいた息子・・100パーセント明日もこのままで

120パーセント学校には行けないと読めました



上野先生に電話で伝えると、息子に電話を入れてくださいました


その電話に答えて次の日は登校すると言ってたのに

翌朝も起き上がれません


再びの上野先生の電話を「はい、はい・・」と聞いていましたが

終わった後、受話器を投げました


先生はその日、息子が休んだことを知ってすぐに動いてくださいました



息子は先生の電話で、先生が来ることを知っていて・・でも休んだんです



休んだことで、恐れている上野先生がやってくることと、向きあわなければなりません


昼すぎには起き上がりパジャマから着替えて

先生の到着を待っていました


あの時、息子はどんな心境だったのだろう


私は駅に先生を迎えに行ったけれど

その間息子は何を考えていたのだろう


休んでしまった自分を越えたいと願っていたのだろうか

甘えてしまったと迫りくる恐怖に怯えていたのだろうか


ただ一つ私が信じられたのは

息子はこの対面から逃げたりはしないだろうということ

逃げようとする気迫すら彼にはなかったかもしれないけれど・・



その通り息子は先生を待っていました

とても真面目に先生と向き合いました


そして最後に

「僕のためにありがとうございました」

って言ったそうな・・




あなたのことを叱ってくれる人がいる

「わたしが叱ってあげることで

もう1度やり直せるならそれがいい」と

あなたのことを叱ってくれる人がいる



あなたのことを叱ってくれる人がいる

「君がやらなければいけないことは

君を信じて支えてくれる人たちに

感謝の気持ちを伝える意味でも

前に進むことなんだ」と

あなたのことを叱ってくれる人がいる



あなたのことを叱ってくれる人がいる

「君は大切なその人たちを思って

決してその人たちの思いを

忘れてはいけないんだよ」と

あなたのことを叱ってくれる人がいる





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これからもこんな息子と共に
あの角を曲がれたら・・と願って進みます
どうぞよろしくお願いします



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中学生生活



中学生生活がスタートし小学校の頃の通学から比べると

4倍以上になった通学の距離ですが

我が家は自転車通学の距離にあと50メートルほど足りなくて(う~ん、おしいね )

徒歩通学の圏内に入っていました



自転車通学出来ると出来ないでは大きな違いが

その持って歩く鞄の重さが物語ります


教科書類を6時間目まで入れると、両肩に背負い込むタイプの鞄だと

後ろ向きに引っ張られて立ち上がれません・・


長く不登校状態だった息子は

運動などとはほど遠く、筋力が落ちてます・・


小学校に復学後も体育は見学が多く

休日は家でゲーム

体力が戻っていません

手提げタイプの大きな鞄を肩に担ぎ

斜めに傾いてヨタヨタ歩いていました

登下校の長い距離と徒歩通学のしんどさから

また休んでしまわないかと先回りの心配してました



でも2か月ほどでオキベンを知って(勉強道具一式を学校に置いたままね

鞄の中はすっかり空っぽ・・

お弁当と水筒と筆箱のみになり

随分軽く楽になって、心配には至りませんでした(ってそれでいいのかなぁ・・オキベン


クラスは小学校からの配慮で

仲のいい数名の男子と一緒


息子はその友だちを手がかりに少しづつ

仲間を見つけて自分の居場所を作っていきました


小学校も違い、中学でのクラスも違うけれど仲良くなった友だちは

他ならぬゲームで繋がった仲間のようです


類は友を呼ぶ・・顔形こそ違えど

同系色、同志向、同臭(笑)の彼らは

大人と呼ぶにはまだまだ声さえ定まらず

子どもと呼ぶには油ギッシュで


始終空腹と喉の渇きを連れながら

寄ればゲームの中のキャラクターに扮して

実に愉しげに集っています


中学生男子のみなぎる、不確かなとどめないパワーを

クラブ活動という正当な(!?)昇華方法で

燃焼して欲しいという願いは虚しく

息子はそんなクラブ活動には目もくれず

授業が終われば直帰・・いわゆる帰宅部です(小学生の頃より早くなったよ




ゲームとラーメンと少しの塾での勉強でかたどられた中学生男子の一日は

汗や泥にまみれたイナズマイレブ〇の世界とはほど遠く

埃と空のペットボトルが転がった部屋の中

リフレインするゲーム音楽を

今日も深夜まで響かせているのです・・

(あくまで、うちの場合・・


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卒業・そして中学生へ



2011年3月、復学して2か月での小学校の卒業式


不登校中、毎日のように学校が終わって

5時から6時の間に担任の先生が

息子の顔を見に来てくださいました


息子は先生には申し訳ないのですが会うのが嫌そう・・

玄関チャイムが鳴るとため息をつきます

でも玄関先に出て行き会っていました


息子と話して彼が家の中に入ったら

私とも少し話を・・そんな中、何度か先生は言いました

「お母さん、卒業式には首に縄をつけてでも連れて行きますから、安心してください」


先生は良心でそう言ってくれているのはわかっていました

でも、私には言葉巧みに息子を連れ出し学校の敷居をまたがせたところで

何の価値もないこと・・

保健室に逃げ込んで白いぶ厚い布団の中で

涙を流す息子の姿が容易に想像できて・・

夏を過ぎるころには卒業式という華やかな式典からは

随分遠い所にいる私たちが

この先そんな場所に戻れるとは

このまま時間をやり過ごしていては

到底辿り着くことは出来ないと感じ始めていました



あれから、エンカレッジの復学支援を受け、復学し、継続登校し

卒業式を迎えることが出来たのです


たくさんの生徒の中に混じって、みんなと何ら変わることなく

卒業生の一員として、息子は体育館の舞台上で卒業証書を受け取っていました


あの日感じた卒業式への違和感は、もう何処にもありません


ここに戻れた喜びをきっと誰よりも息子自身が感じていたことでしょう



そのあと3週間ほどの春休みを隔てて、彼は中学生になりました


黒い詰襟の学ランを仕立てて臨んだ入学式

小学校は2クラスでしたが、5クラスに増えました

クラスの4分の3は知らない子たちです


息子が新しい世界へまた一歩踏み出す時がやってきました




あたりまえであると思ってきたことが

あたりまえでなくなった日を過ごし

あたりまえであることの喜びを握りしめ

あたりまえということに尽力してくれる人たちの

決してあたりまえではない

情熱と技術とそして愛情と・・


あたりまえが消えた日から

あたりまえでは得られなかった毎日に

心からありがとう

そんな言葉があなたから

また、あたりまえのように聞ける日がいつか

来ますように・・


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プロフィール

Author:くるみ みるく
小5の終わりから始まった体調不良、そして不登校。
学校に行くというあたりまえに思っていたことが、これほど大変なことだったとは・・・。
復学支援をうけ、もう1度歩き始めた子どもを応援して行くために親はどう接していくのがよいのでしょうか。
学び続けることで見えてくるものは何でしょうか。

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