さよなら抗鬱剤




何の疑いもなく大きな口を開ける息子

その口に抗鬱剤という白い薬を入れる私




それが怖くて怖くて

たまらなくなって


いっそ自分が飲むのならもっとずっと簡単だったのに・・


大丈夫だからって、必要な薬なんだって

なのに「もう止めたい」「もう止めよう」って


私の手は、ガタガタ震えて止まらなくなって


もう、どうしていいかわからなくて




何のための薬なのか

息子のしんどさをとってやるため



でもこの薬ではしんどさを取り除くことはできず

それより、もっと違うものまで抱えてしまうのではないかという不安



そう、そんな思いを持ちながら


もうこれ以上は無理ですと


やっとこの道から

引き返す勇気がもてました



きっとある

もっと他に進むべき道が


きっと見つける

もっと他の進むべき道を



8月4日(水)
息子を乗せて2時間かけて児童精神科の先生を久しぶりに訪ねる
鬱の薬を中止してもらう


にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村

ここをクリックして応援して
頂けたらうれしいです!
よろしくお願いします






スポンサーサイト
line

適応指導教室



適応指導教室に学校から繋いでもらったのは

私から校長先生にお願いしたことでした

校門で挨拶をするだけに落ち着いてきていた母子登校には

限界がきていました・・



適応指導教室に通うことは学校に登校したことと同じように

つまり「出席」とカウントされると

そこを利用していたお母さんが教えてくれました


でもそれよりも何よりも

息子が通えるかどうかはわかりませんが

こんな苦しい毎日から私が一歩でも踏み出したかったんです



僅かな希望を持って予約を入れました

案の定、息子は行く間際になって腹痛が強くなり行けません


母一人で行くと、電話で予約をした時にお話しした

男性カウンセラーの先生が

私の担当だと言う事で、話を聞いてくれました



子どもが一緒に来ていたら、もう1人別のカウンセラーの先生が、子どもに話を聞いたり

一緒に遊んでくれたりするようでした


カウンセリングの部屋に入る手前に、雑誌やコミックなど

子供向けから大人向けまでたくさんの本がおいてあり、

その当時、息子が好きで読んでいたコミックもズラッと並んでいて

これを餌(笑)にすれば息子は来るかもしれないなあと

思ったりしながら部屋に入りました



カウンセリングの先生からは

「ここは話を聞くことがほとんどです。

具体的なアドバイスなどはしていません

お母さん方はその為に途中でやめる方がいますが

それでもいいですか?」と予約のために初めて電話をした時に

すでに言われていました



私もすぐにやめるかも知れないけれど

先のことなんて全く考えられません


真っ暗で、もうどちらを向いて歩いていいのかわからなくなっていましたから・・


息子がここに通えるなんて

ほんの僅かな確立でしかないことはわかっていました


それでも、ほんの僅かな確立でもそれにかけて動いていなければ

明日への希望がなければ

何か今までと違うことを始めなければ

じっと家にいて息子が自ら動き出す日・・それは明日かも知れないけれど

1年先かも知れないし、2年3年先かも知れない・・

そんな日をじっと待つことは、私にはできません



先の見えない不安と、時間がどんどん過ぎて行く焦り

そこからほんのひと時でも離れるために来たのです



今の子どもの様子など聞かれたことに答えながら話していくと

カウンセラーの先生が一言私に聞きました

「お母さん、息子さんのいいところはどこですか?」


よほど、息子の悪口ばかりを話したのでしょうか?

それともお決まりですか?

そう思えるほどに唐突でした



「息子はとても正直で真っ直ぐで・・素直です」


どんなに道が暗くても、息子の姿は見えています

見えているつもりです・・でも息子の心はどうなんだろう

あれほど学校に行こうとすると身体症状を出すということは

学校に行きたくないのだろうか


早く元気になりたいからと薬を飲もうとする彼の本心は

いったい何処にあるのだろう


そんなこんなを話しているうち時間を告げるベルが鳴りました

自分の話していることを

自分で聞いているうちに

不思議な感覚が生まれます


あぁ、私はこんなふうに思っていたのかと

気づいたことがありました



息子は3回目に初めてここを訪れてコミックを借りましたが


やはり予約を入れて行く間際になると行けません


7月15日~9月9日まで週1回のうち

全部で6回通い、そのうち2回息子と一緒にきて

適応指導教室を終わりにしました


にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村

ここをクリックして
応援していただけたら
うれしいです!





line

PTAと不登校




普通の保護者より学校に行く機会がPTA役員をしていたため多かった私は

息子の状態が悪くなる一方の中

こうして学校に来ていていいものかと考えるようになりました

学校では総会の準備や、懇親会の計画、七夕祭り、そして夏祭りなどを

次々例年の流れに沿って実施していかなければなりません

その為の打ち合わせや準備の作業があり

学校に行かなければならない日がたくさんあります

母子登校したり休んだりを繰り返している息子の母親が

こうやって学校に来ていていいのか・・

でも、家で息子と顔を突き合わしていても

何のいいこともお互いにとってありません


子どもが不登校だからといって、親まで不登校になることはない

私まで人を避けるようになっては、息子を学校に戻してやれなくなる



でも学校で元気な生き生きした息子の同級生を見かけると

胸が掻きむしられるような、何とも言えない気持ち・・羨望と悲嘆・・


期間が長引いてくると心が弱っていきました



知らん顔してくれるのもありがたいようで、相手が先生だと

配慮の上でのことと思ってもやはりどこか、放っておかれているような

こんなに親子で苦しんでいるのに、何故、ほんの一言

「具合はどうですか?」とでも言ってくれないのか・・



担任の先生は学校の帰り道に、我が家に息子の顔を見に来てくれていたけれど

それをどれだけ続けてもらったところで

息子が学校に行こうという気になるとは思えませんでした

先生の来てくれる気持ちは十分に嬉しいのだけれど

先に繋がりそうもないことを何百回繰り返してもらったところで

それは私がしている母子登校と同じで

何か1人相撲のようなもので、決定的な何かに欠けているのです


「お母さん、卒業式には首に縄を付けてでも出席させますから安心してください」

平気な顔でそういう担任の先生の心中がわかりませんでした


学校はこの担任教師が息子を訪問しているという事実だけで

もう十分だと判断しているのだろうか


もっと私たちを見て欲しい



こんなに苦しくて、毎日ぎりぎりの綱渡りのような親子関係を

繰り広げているということを、先生方は何も知らない

母子登校で校門まで連れてくるために、朝から、いえ、前の晩から

どれくらいの下準備をして来ているかと言う事も、先生方は何も知らない


どれほどのたくさんの我慢と諦めを繰り返して

そして得る、わずかな校門に触れるだけという報酬は

あまりにも虚しいことだと、そこに挨拶に出てくる先生は知っているのだろうか


先生と挨拶を交わして、帰り道の母が

明日の母子登校に向けて心を弾ませられる訳もなく

その日の目標を達成したと同時に

その日の全てのエネルギーを消耗したように

一言の言葉も出せずにとぼとぼ帰るあの虚しさ


息子もまた一言も発せずに、でも確かに登校よりもしっかりと学校から遠ざかる



ある日学校で顔を合わした校長先生の

何ら変わらぬ表情に、業を煮やしてこちらから話しかけました

母「先生、もう休みが長くなっています」

先生「家でどうしてますか」

母「学校の話になるとしんどくなります」

先生「それでは、まだまだ、だめですね」

母「このまま様子をみるしかないのでしょうか」

先生「まだ、しんどがるのならもう少し時間がかかりますね」

母「・・・適応指導教室があると聞いたのですが」

先生「ありますよ、今の息子さんに合うかどうかわかりませんが行ってみる?」

母「・・お願いします」

先生「わかりました、連絡しましょう」


こうして適応指導教室に行くことになりました

校長室を出て、PTAの役員の部屋に戻る途中

抑えていた気持ちが一気に噴き出して

涙になって落ちました



それでももう一度涙を拭いて、皆が作業している部屋に戻りました

でも、一度緩んだ感情はもう止めることが出来ず

私の涙は、楽しく作業していた皆を一瞬で水をうったように静まり返らせました

「うちの息子がもう長く学校に来れなくて

今日初めて校長先生が適応指導教室に連絡してくれて・・

何かそういうとこあるなら、もっと早く話して欲しかった・・」

自分の話していることは

涙の理由のわずかな一片でしかなかったけれど

たくさんを話す力がありません

こんな姿をさらしてしまって申し訳ない思いで一杯です


でも周りのお母さんたちは、黙って私の背中を撫ぜて優しく包んでくれました


にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
仲間の優しさに支えられて
まだまだ頑張った息子と私に
応援のクリックをお願いします!




line

抗鬱剤2




児童精神科の先生のところには

薬を調整するために週に一度は受診が必要でした


でも、とても遠いのと息子本人が家から出たがらないため

私が様子を伝えることになるとしたら尚更

本人不在でそんな遠くまで通うことは大変でしょうと

先生から近くの病院に通うことを勧められ紹介してもらいました



近医に変わって、初診時は何とか連れていきましたが

予約制でないその病院は待ち時間が2時間以上あり

人で溢れていてそれ以降は、ほとんどやはり私が

息子の状態を伝えて薬を調整してもらう形となりました

そこは児童を専門とする今までの先生とは違い

大人の診療所でした


様子を伝えると言っても、咳が出ていますとか

熱がありますなどというのではなく

とても微妙な、身体のしんどさの具合なんて

息子自身ですらどれくらい内服前後での差をわかるのか・・

自分の身体でない私が、どれくらい代弁できるでしょうか・・



それでも、先生は私の話から

薬を変えたり増量したりを繰り返されました



私は次第に自分の言葉のちょっとしたニュアンスで

そうやって薬が変更されることがたまらなくなっていきました



そして息子はといえば、薬がどうこうよりも

「学校」ということに向き合ったとたんに

しんどさマックスでしたから・・



薬の匙加減をどれほど微妙に変えて頂いても

薬で彼のしんどさを取り除くことは出来ず

それでも、10あるしんどさを5くらいにしてやれるならと

息子の口に白い薬を入れ続けていました



にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
ここをクリックして応援していただけたら
嬉しいです!よろしくお願いします





line

母子登校




児童精神科を受診し、軽い鬱と診断され

抗鬱剤が処方された翌日からのメモです


5月13日(木)
休む
鬱の診断を受けて、息子のしんどさを理解し、見守ろうと決める
学校や勉強のことには何もふれず、息子の好きなことをさせておく
ゲーム パソコン ゲームの攻略本 カードゲームなどをして
一日中過ごしている

5月14日(金)
遠足を休んで家でのんびり過ごす

5月15日(土)
担任の先生が午前中に顔を見に来てくれる
息子と玄関先で会う

5月17日(月)
休む
夕方5時半担任の先生が、算数と漢字ドリルと日記の宿題をしておくように
持って来てくれる 明日見に来るからと息子に話して帰った

5月18日(火)
休む
夕方6時担任の先生来る 玄関先で息子と話す
メダカを飼ってはどうかと勧められていた

5月19日(水)
休む
担任の先生夕方5時半頃、雨の中来てくれる

5月20日(木)
休む

5月21日(金)
休む
夕方担任の先生がきて息子の好きなラーメンの話をして帰る

5月22日(土)
担任の先生がメダカを持って来てくれた 息子が受け取る

5月23日(日)
カードが欲しいと言うので買いに行くため一緒に出かける




担任の先生は50代のベテランの男性教師でした

この春、転任してきたばかりですが

息子は始業式から4日間登校していたので知っていました

以前の学校での経験から

「毎日できるだけ1分でも顔を見に来る」と息子に話していました



息子は、先生が玄関チャイムをいつもピンポン・ピンポンと

2度連続で鳴らすことに気づいていて、モニターを見なくても

「あっ、来た・・」と溜息をついていました

そして私の後から、少し遅れて外に出てきて先生の話を聞いていました



先生「どうや、調子は?」

息子「しんどい・・」

いつもここから始まりました


学校で先生が飼育しているメダカや亀の話や

息子の好きなラーメンの話など

先生は毎日のように来て、ほんの5分ほど立ち話をして帰られました


10日ほど過ぎて、医師から登校を無理のない程度から

始めるように言われた2度目の診察がありました

内服治療でしんどさがゼロになった訳ではありませんが

学校というキーワードを口にせずに過ごして

息子との表立ったバトルはありませんでした


でも、息子は毎朝、みんなが登校する時間帯には起きられず

9時を過ぎてからぐったりとした姿で2階から降りてくるのです


そこに学校に行こうと誘えばどんなことになるか目にみえていました

行こうと決めた時間になると決まってしんどさが強くなる そして行けない

何とかなだめすかして家を出ても、10メートルも歩いたらうずくまる

片道10分でつくところを30分かけても家を出て表通りにも出られない

歩けない日には自転車に乗せて登校したり

やっとの思いで学校にたどり着いても、校門で「おはよう、さようなら」



こんな母子登校に何の意味があるのでしょうか?

保健室に入れた日が稀にありましたが、そこでもベッドで休むか

親子で本をみたりするだけで、先生方のフォローはありません


もう学校にちゃんと通えなくなって3か月が過ぎようとしているのに

学校からは担任の学校帰りの訪問だけで、廊下で校長先生と顔を合わしても

声の一つも掛けてくれない、母子登校しても子どもを受け入れる場所さえ

示してくれない・・不登校の子が学校に来ても

相手をしてくれる時間のある先生などいません


でも、このまま辛いからと言って母子登校を止めてしまっては

学校に完全に見放されてしまう・・そんな思いが私の母子登校を

支えていました






にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
何とか学校と繋がっていたいと
必死に母子登校していた私たち
クリックして応援してもらえたら
うれしいです!


line

抗鬱剤





児童精神科の先生とお会いするのは随分久しぶりのことでした

最後にここを訪れたのは就学前

小さい頃を知ってくれている先生の存在は

不登校の闇の中でどうしていいかわからない私にとっては最後の砦でした



外出したがらない息子を何とか車に乗せて診察に向かいます

車で2時間近くかかりますが、途中休憩をはさみながら

息子とちょっとした小旅行気分

こんな遠くまで来ると知っている人にも会いませんから

息子も表情が緩んでいきます

カードを買って、好きなものを昼食にとり

リラックスして先生と向き合いました



息子は自分のしんどさを、先生の質問に答えながら

ぽつりぽつりと話しています

頭痛、腹痛があり、脚痛そしてふらつき

身体全体が重くしんどい



そんな息子の診察の様子を同じ部屋で私も見ていました

しばらくして先生は「お母さんとお話ししたいから廊下で待ってくれるかな」

と息子に伝え、息子は一人出て行きました



先生は意外な言葉から話はじめました

「僕がこの子につけた診断、広汎性発達障がいという診断は

気の迷いだったかも知れない、そう思うくらい今のこの子は成長しましたね」

一瞬先生が何を言わんとしているのか、わかりませんでした




発達障がいは無かったのですか?

いいえ・・・


障がいが個性に同化してみえるほどに、今の息子が成長したと

久しぶりにあった先生には感じられたのでしょう

そんな風に感じてもらえることは

一緒に彼と歩んできた私にとっては、何よりも嬉しいことです

ですが、決して手放しで喜べない

学校に行けないという現実・・それは成長を喜ぶ以上に辛い現実でした



障がいが息を潜めたというのに、今度は不登校という闇の中


どうしてこんな辛い道ばかりこの子は歩いて行くのか

いえ、歩かせてしまったのか・・




先生は言います

「身体の症状からみて小児の鬱だと思います」

抗鬱剤と頓服の安定剤が出ました


他の小児科などで出る薬と違い、こういう薬には確かに抵抗があります

でもこの先生への信頼と、今の息子のしんどがる様子

学校に行けない状態などを集めてひとまとめにすれば

薬を飲ませてみることが間違いだとは判断出来ません

ネットの膨大な情報からは息子にアタックできる実際の方法など

探し当てることがまだまだ出来ずに

でも何とかしたい、しなくてはと苦しんでいましたから・・





本当ならゴールデンウィークが明けて、学校で友だちと会い

ワイワイ騒いで走り回る笑顔の少年のはずなのに

こうして車の後部座席で横たわり

ぐったりしている様子を背中に感じている今

目の前に広がる美しい青い海も、光り輝く風景も

全てがただ通り過ぎるだけの

何の感動も生まない壁でしかない



一刻も早くこの虚しさから抜け出し、そして

もう一度、息子に光り輝く笑顔を取り戻してやりたい

この診断を受け入れて治療し

もう一度、秘密基地を作って汗をかいて走り回る

あの頃の、元気な姿に戻してやりたい






でも、抗鬱剤という薬は、想像以上に重く

それからの私を行き先の無い迷路に追い込んで行きました



何の疑いもなく「飲ませて」と大きな口を開ける息子

その口に白い薬を入れる私は、迷路に無理やり自分で出口への矢印を刻み

安心しようとしました・・出口など到底見えてはいないのに・・


私は自分の進んでいる矢印が、ただ、確かな意味もわからぬままに

自分で刻んだものであり、同じ迷路をぐるぐるとまわり続けていることに

いずれ少しずつ少しずつ気づき

認め、苦しんで行くことになりました



にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
迷路に迷い込んだ私に応援のクリックを
頂けると嬉しいです!






line

児童精神科




起立性調節障がい(OD)と言う診断に疑問をもちながらも

2か月は内服薬を続け受診していました。

血圧や脈拍の変動をみる検査で、確かにODの疑いがあったし

朝起き上がれない様子や、身体の症状

嗜好も薄味を好みタレや醤油をかけたりしない・・

そういうところもODの子の特徴ですと

医師は私の心に広がっていく不安を否定してくれました




でも、「学校」というキーワードに触れると

今まで元気だったのが、あきらかにぐったりと身体症状をみせたり

母子登校で学校が近づくと倒れるくらいにふらふらになり

歩けなくなったり・・これはもうどう見てもODだけの問題ではないと

不安は確証に変わって行きました



では何故学校に行けないのか

何故こんなにしんどがるのか





ネットで「不登校」と打ち込んで検索すると

それに対する情報は山のようにあります

とりあえず、一番初めのものから順にたどりながらも

まだ自分が何を求めているのか、息子の本当の苦しみは何なのか

息子はどうして欲しいのか、私はどうなりたいのか・・

いえ、そういう迷いすらわからない


何処で間違えてしまったのかと、問題の矛先が

後悔という過去に向いてしまったりで混乱していましたから

自分に必要な情報を

探し当てられるはずもなくネットを彷徨っていました



4月の6年生のスタートから5日目でこけて以来

休んだり母子登校したり(保健室で10分ほどいてすぐまた2人で帰ったり

校門で教頭先生と挨拶を交わしてすぐ帰ったり)

を繰り返していましたが、ODの治療をやめ、

小さい時に、発達障がいでお世話になった

児童精神科の門を再び何年ぶりかで叩くこと決めました


にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
ネットの海で立ちつくしていた私に応援のクリックを
よろしくお願いします




line

すれちがう親子



学校に通えなくなって2週間

5年生の終業式を迎えました

手帳に子どもの様子を書いたものが

メモ書きですが残っています



3月24日終業式
10時前に母子登校
途中、頭痛・ふらつき・脚痛で保健室に直行
保健室でずっといる
担任の先生が来てくれて「学校に来てくれてよかった」と
いっぱい褒めてくれて、表情がすごく和らぐ
そのまま、保健室にいて帰宅する



3月31日
離任式があり1人で少し涙ぐみながら登校する
新6年生のみ昼前まで作業があり残っていた
友人と約束もせず(頭痛のため)帰宅し、その後、家で元気にしていた




終業式から1週間、ゆっくり家で過ごし離任式に参加できました

離任式に普段のように登校出来たことは、大きなことでした

春休み明けには、以前のように登校できるかもと期待が持てたので

これからの春休み(始業式まで1週間を)

内服を続けながら、塾はお休みし

その頃はまっていたカードゲームを買いに出かけたり

好きなラーメンを食べに連れて行ったりして

とにかく楽しく過ごせるようにと思っていました


春休み中も、身体の症状はありましたが学校自体が休みなので

多分、私の気持ちが「学校を休んでいる」ということから

離れられたので楽になったのでしょう、それがそのまま子どもにも

影響し、子どもの様子も違っていました


そして、6年生の始業式

脚痛のため、脚をひきずるようにして登校して行きました

その次の日も、そして土日をはさんで月曜、火曜と

4日間登校しました

この時、彼の頑張りをもっと違う形で応援してあげていたら

きっと違っていたでしょう

私たち両親は、必死で登校している息子に

塾の予習をさせ、塾を再開させました

息子はその4日間を最後に、もう二度とまともに登校出来なくなり

教室にも全く入れなくなりました

にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村


知らぬ間に息子を見失っていた
哀しい親に激励のクリックをよろしく
お願いします










line

ひろがる不安



息子の様子に変化が現れたのは

5年生がもうすぐ終わる2月のことでした

初めは風邪の症状のように思っていました

頭が痛い、そして微熱37度2分くらい・・

37度を超えると学校から電話が入ります

「保健室で寝ています、熱があるのですぐに迎えに来て下さい」

家に連れて帰って計ると36度7分くらいで

一応ベッドで休んでいますがそれほどしんどそうではないんです

こんな日が週に何度かありました

それからまもなくして朝、起き上がれなくなりました

熱を計っても36度台です

「頭が痛い」「起き上がるとフラフラする」

トイレまで歩くのもやっとのような格好でした



大きな病院に連れて行き検査をたくさん受け

起立性調節障がいという診断がつき

内服薬が処方され治療がはじまりました

息子は大人しく薬を飲んで、病院の先生が言うとおり

起き上がる時は頭を低くして、ゆっくりと起き上がっていました

学校を休み、塾を休み、夕方から夜になっていくとだんだん元気になっていく

そしてまた朝が来て、しんどいと言って起き上がれない

それが起立性調節障がいなのだから仕方がない

息子が悪い訳ではない

誰が悪い訳でもない




・・・いえ違う、何か違う

受験勉強が佳境に入っていて

かなりの負担を強いていたし

もしかしたら、学校で、友だちの間で、何かあったのかも知れない

そう考えていたころ、息子もその症状に変化をみせました

脚が痛い、そしてお腹が痛い・・・

場所を変えながら出てくる痛みと身体のだるさは

この病名以上に私を不安にさせました

心の問題・・これが不登校というものなのかも知れない・・

そんな思いが浮かびどんどんその思いが不安の領域を

増やして行きました


にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村

ついに不登校の序章?いえもうどっぷり・・
闇に入って行った私たちに応援クリックを!












line

危険な願い2




塾に行き始めたのは4年生からでした

そろそろ、まわりのみんなも塾に行き始め

行くのなら4年生からという暗黙の了解が浸透していましたから

そのレールに乗ったのです



最初は塾を嫌がらないか心配して様子をみていました

無理をさせていないか気がかりでした

勉強で劣等感を抱かぬようにと始めた塾でしたが

本人の思わぬ頑張りと、結果が目に見える達成感で

危ないと承知しながらもその内容はエスカレートしていきました



中学受験の道へと誘い導かれていった私たちは

そのレールからの降り方など知る由もなく

この道の終わり・・そこに何が待っているかも知らないままに

ただただ突き進んでいきました

いえ、そこにこそ、息子の未来に繋がる道があると

信じていたのかも知れません


しかしまた一方で、息子の弱っていく姿を

私はこの目で見ていました

何か大切なものを削り落としながら

木の枝がしなるように元気を無くし

ゆっくりとゆっくりとそして静かに

息子はその動きを止めました

しなやかさの無い枝はやがてポキンと音をたてる

それでもあの頃の私は

まだ事の重大さに気づかずにいたのです



にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
ああ・・もう見ていられない
不登校への道を歩み始めた私たちに
エールのクリックを!


line

危険な願い




放課後、毎日のように一緒に遊ぶ同級生ができて

息子も立派に(笑)ギャングエイジに突入していきました

学校では校区外へ子どもたちだけで遊びに行くことは禁止されていましたが

そういうところに隠れたすみかを作って「基地」と称して

毎日のように出かけて行って・・男の子4~5人くらいが

時々メンバーを入れ替えながらつるんでいました。

汗びっしょりになって遊び回る息子は生き生きしていました



もうどこからみても、この子に何か障がいがあるなんて誰にもわからない


もしかしたら本当にこの子はもう普通の子どもになれたんじゃないか・・


脳みそに傷があるなんて、やっぱり誰にもわからないことだもの


尖っていたたくさんの角はとれ、個性と呼ばれるものに近づいて

くっ付いて、重なってそして一つになって溶け合ったんだ


障がいと思われたこだわりの、名残のようなしっぽも

いつの日か切れてなくなる・・




親子教室から早期療育へと、一つずつ一つずつ積み重ねてきたものは

確実に彼の土台を築いてくれていました


紆余曲折しながらも辿ってきた道は

いま目の前のこんなにも楽しそうに駆けまわる

時には度を越して先生に叱られるくらいの

ずっと望んで描いていた普通の少年をまっとうさせてくれている



小学校4年生、周りの子どもたちも難しい時期を迎えていました

女の子たちはグループに分かれて、見えない所で対立し

その問題に親が関わって、担任の女性教師は鬱になり休職してしまいました

息子たち男の子は、臨時で入った先生が

頭ごなしに押さえつけるやり方に反発し暴れていました

ですがそんな子どもたちも5年生になって、担任が変わり

問題の学年から一変して、まとまりのあるステキな学年へと変わって行きました




私はそんなキラキラした息子の笑顔を

いつまでも決して消さないために、先回りして彼の道を捜し始めていました


過去に刷り込まれた、失敗を恐れるあまり・・

それがどんなふうに子どもに影響していくか何もわからずに


ただ普通にあって欲しいと願うあまりのことだったのですが・・。



石橋を叩きまくっていた私が危険なロープの
綱渡り・・あぶないよって注意喚起のクリックを!

よろしくお願いします
にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村

line
line

line
プロフィール

Author:くるみ みるく
小5の終わりから始まった体調不良、そして不登校。
学校に行くというあたりまえに思っていたことが、これほど大変なことだったとは・・・。
復学支援をうけ、もう1度歩き始めた子どもを応援して行くために親はどう接していくのがよいのでしょうか。
学び続けることで見えてくるものは何でしょうか。

line
最新記事
line
最新コメント
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
カレンダー
06 | 2012/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
line
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

line
fc2カウンター
line
フリーエリア
line
アルバム
line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
sub_line