転園という巣立ち



入園時に望んだとおり、療育施設でたくさんの力をつけていきました

息子はかなり成長しました

いきなり保育所や幼稚園では周りの刺激が強すぎて混乱してしまったでしょう

ゆっくりと丁寧な保育が彼を伸ばしてくれました

入園してまもなくぶどうの葉をみて、小さな、でもはっきりとした声で
「はっぱ」と言ってから少しずつ、でも確実に言葉が増えていきました

決して口数の多い子どもではありませんが、徐々に会話も出来るようになり
自分の要求を言葉で伝えるようになっていきました

「いや」という拒否の表現も、はっきりできるようになり
施設に入って2度目の秋を迎えるころ転園の話が先生からありました

「力がつきましたね!地域に出て大丈夫です、がんばっていきましょうね」

この言葉が聞ける日がくることを、入園した時は願っていました
でもいざ、本当にその話を聞かされると、正直とまどいました



まだまだ弱い面がいっぱいあります

こだわりもたくさん持っていたし、とても慎重なところがあり

一度失敗したことには二度と近づかない・・

はじめの一歩で失敗すると再トライが厳しいのです

失敗した画像が焼付くようで、恐れ、拒否が強くなるのです

なのでこちらも慎重になり、失敗させて覚えさせるようなことを避けてきました

高いハードルは少し下げて、ころがっている石は先回りしてどけて・・そんなふうにして

まず、出来たことを褒めて、そして半歩進んで行く・・


そんな毎日なのに地域に出てやっていけるのだろうか

また人の心の温もりを感じたり、人に優しさを送れるのだろうか



気持ちの整理がつかないままに、転園の話だけが進んでいきます



もやもやを抱えながら、その日もいつものように園から戻って夕方

息子と川の土手を散歩しました

息子は勢いよく駆けて、土手から田んぼのあぜ道に下り、山道をとおり

また、私の目の前の土手につながる道にもどって来ました


その時、その手に一本の彼岸花をつんでいました

「笑ってる」って言いながら、はいって差し出した彼岸花

息子には赤い花弁が弧を描く彼岸花は、ニコニコ笑ってるように見えたのです

「うん、笑ってるね!」

一本の彼岸花が私たちの中で共有され一つになった瞬間でした



「やって行けるかも知れない」



この子の中に私への、小さいけれど確かな温もりがあり、心を通わせることができる

たとえ転園して苦しいことが起きたとしても乗り越えて行こう!



そして翌年3月、一緒に入園した11名のうち7名がばらばらに

それぞれの地域に転園して行きました


園庭の向かいに、グミの木をみんなで植樹して。

あのグミ、赤い実をつけているでしょうか・・



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療育施設4



発達検査で高機能自閉症というふうになっていくであろうとか、

広汎性発達障害でしょうとか言われ、その頃は今のようにネットがすぐに

何でも教えてくれる環境ではありませんでしたから

図書館や本屋で専門書を調べました


そうしていく中で、自閉症や広汎性発達障害を知っていきました

まだ2才でしたからそのどれもが目の前の子どもが受けとめなければならない

現実であることはあまりに辛く「自閉症」という焼印をやわらかい子どもの腕に

押し当てられた気がして「この子の脳のどこにどんな傷がありこの子を苦しめるのか」

というやり場のない怒りが涙になってポタポタ落ちました


だけど、一番辛いのはこの子自身、早期療育の場に繋げたことの幸運をこの先の

歩んで行く場に生かせていけるようにしなければ


この子が自閉症スペクトラムの中にいて私たちと違う世界に住んでいるなら、こちらから

歩み寄っていかなければと、園のお母さん数名とTEACCHプログラムを学び

講演会や勉強会に行ってとにかく子どものことを知ろうとしました


朝9時から昼3時まで、子どもは園でいっぱい楽しんでいました


水曜日は勉強会以外にも、親子保育という子どもと一緒に園で過ごす時間があり

そんな楽しんでいる子どもの様子を見ることが出来ました


園内で一番広い部屋でするリズム・・ピアノ伴奏に合わせて子どもらが好きに身体を

動かしたり走ったり先生の姿を真似たり・・でもじっと見ている子もたくさんいます


息子もじっとただ見ていました そんな様子に先生は特別、手を引いて誘ったりは

けしてしません 子どもたちは見て参加しているのでした「見ての参加」

こんな言葉初めて知りました 手足は動いていなくても子どもたちはじっと

ただじっと見ています 心の中にお友だちや先生が楽しそうに動き回る姿が

いつかストンと落ちた時、子どもらは動き出す・・自分の力で!



また、みんなで行く毎日のお散歩は、子どもたちの大好きな時間

途中ですれ違う列車にみんなで手を振って、しっかり歩いてたっぷり歩いて・・ 

自然は十分にありました 四季を身体で感じます

カッパ着て長靴はいて出かける雨の日のお散歩は魅力的



こんな丁寧な療育を受けられたことが、息子の力を伸ばしてくれた

そして3歳になる2ヶ月前、息子ははじめて言葉を話しました

緑色のぶどうの葉をみて「はっぱ」って言ったのです

私は一瞬、そのやわらかい声の主に見入って、洗濯物をたたむのを止めました

息子は嬉しそうにぶどうの葉を見つめていました


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療育施設3



毎週水曜日の午前中、母親が園のそばのプレハブの一室でいろんなことを

語りあったり、1冊の本を読んで学びあったり、専門の先生をお呼びして

お話をしていただいたりという時間がありました


母親同士、そこで他の子どもの様子を聞いたり、また、今まで誰にも話すことの

なかったような子どもの様子を言葉にすることは、大きな意味がありました

言葉にするということは、思っているのとは違います

初めは思いを誰かに伝えるというよりも、みんな、ただ、現実のしんどさを

吐き出しているようでした ただそうするだけでも言葉につまって涙があふれる母親たち

みんなそれだけ1人で抱え込んでいたのですね

特に入園したばかりの子どものお母さんは、苦しそうでした



そんなお母さんたちも、子どもが園生活を楽しめるようになっていくのと共に

お母さん同士悩みや時間を共有しあって心が少し軽くなっていく

今までは一言話すだけで声が詰まっていたお母さんも、子どもの様子を笑いながら

話せるようになっていく

私も自分で話しながら、その言葉を自分の耳で聴くことで、自分がどう感じ

ているのかや、以外に冷静だったり、すごく熱かったり、思っているのとは

また違う感覚を言葉にすることで味わいました


3歩進んで2歩さがる、立ち止まり、うずくまり、そしてやっと歩き出す

この子たちの成長は、そう簡単ではなかったけれど・・


入園して1年以上が過ぎても大きな変化がなく、このままうちの子はどうなって

いくのだろうと不安を言葉にした若いお母さん 重度の自閉症と素人目にもわかる

子どもを抱えていても、いつも明るくしていたけれど

その日は苦しい胸の内を吐き出しました

私はただ、いつもと違う彼女の様子に、驚きながら聞いていました

苦しくて、悲しくて、しんどかったんやね・・




夜中に泣いて暴れてどうしても寝ない子

隣の部屋から苦情が出て、外に連れ出し手をひいて歩くお母さん

背中に妹おんぶして、夜の静かな道を、信号の黄色い点滅を

見ながら歩いてますって話してた



みんなそれぞれに、違う苦しみ抱えていたけど、人の苦しさをみんなで共有しあえた

そんな優しさがその園にはありました 

苦しくても不幸じゃない





みんな、子どものこだわりに根気よく付き合い、急に起こる些細なことでのパニックから

少しでもいい方向を目指して、勉強して実践して、自分なりのやり方をまた模索して

必死で頑張ってました 


そんなふうに頑張れるのはこの子たちが可愛いから とてもとても可愛いから

それが全てを支えていました



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療育施設2



療育施設に通うということを100%私自身が受け入れていたのか

それは多分違っています やはり息子に何かしらの問題、発達の遅れがあること

それが障がいと言われるものであるかも知れないことは、考えると辛いものでした


園に車で送る途中、何台もの幼稚園バスとすれ違います

幼稚園バスを待つ母親と子どもの集まりが目にとまります


何故、こんな普通の場に私はこの子と立てないんだろう

何故、こんなに遠くまで車を走らせてこんな誰も知らない園に子どもを連れて

行かなければいけないのだろう


考えても仕方がないことが浮かんで子どもがもうすぐ着く橋の手前で泣き出すのと

同じように、私も毎朝、橋を渡る頃泣いていました


でも、橋を渡って踏切を越えれば園はもうすぐです 

泣き顔を悟られないように涙は終わりで気持ちを

立て直すことに専念して・・そんな毎朝でした


少しずつ少しずつ頭で理解したことを、飲み込んで、喉からゆっくり落ちて行く

でもちょっとすると飲み込んだはずのものが、がぁーっと口元にもどってくる

なかなか飲み込みきれず、苦しんでいました

また、飲み込んだと思っていたものが、何年もして消化不良で飛び出してきたり

自分の小ささや弱さ、全然足りないものいっぱい、でもどうやっていいのか

わからず、ただ、毎日こうして療育施設に通うことそれがいい、それでいいと

思っていました


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療育施設



入園式となる「お友だち式」の前に、1度園を訪ねました
新入児オリエンテーションを受けるためです


そこで初めて園長先生とお話しました

息子が今、出来ることを先生に話したのだと思います
何をどんな風に話したのか覚えていないのですが、その時、園長先生が
おっしゃった言葉が胸に響きました

「お母さん、息子さんが出来ること・・・それは、いつでも・どこでも・誰とでも
出来る事でしょうか?」

私は一瞬はっとしました
「いつでも・どこでも・誰とでも」


そのころ息子は私でないとダメでした 誰も代わりはできません
ものにこだわるように、私へのこだわりでしょうか 父親にもおばあちゃんにも誰にも
預けることは出来ません 起きている時はいつもそばにいました

「いつでも・どこでも・誰とでも」出来ること
ここで作っていこう、そして増やしていこう
いつかバイバイって手を振って私の手元から離れて行けますように



2歳児クラスに入園した息子は、同じクラスの11名の子どもたちと徐々に園生活を

楽しめるようになっていきました

家から私が運転して毎朝息子を送ります

途中、橋を渡るのですがそこにくるとチャイルドシートに座っていながらも

足をバタバタさせて泣き出します、もうすぐ着くのがわかるのですね


車から降りる時、そして先生に会っても、ずっと泣いてました

初めのころは抱っこされて私から引きはがされるようにして連れて行ってもらってましたが

一週間もすれば母子分離の際泣いても、玄関ホールから続く長い一直線の廊下をいくうち

気持ちを切り替えて自分のクラスの部屋に着く頃には、泣き止んでいました

そうやって、少しずつ園に馴染んでいろんなこと・・・園庭での砂遊び、みんなで行く毎日の

お散歩、ホールでのリズムというピアノ伴奏で身体を動かすこと、

そして給食やお昼寝を楽しめるようになりました



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プロフィール

Author:くるみ みるく
小5の終わりから始まった体調不良、そして不登校。
学校に行くというあたりまえに思っていたことが、これほど大変なことだったとは・・・。
復学支援をうけ、もう1度歩き始めた子どもを応援して行くために親はどう接していくのがよいのでしょうか。
学び続けることで見えてくるものは何でしょうか。

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